20180312

育児しながら絵を描くということ

それはまるで、大きな一枚の絵を描くように子育てする

 

育児という一大事業には、消しゴムは使えない。

使ってみたとしてもうっすら傷や跡が残ったり。

二度と描き直すことができないカンバスに、

下地の持ち味を生かしつつ、長い時間かけて描くことに似ていると思っています。

 

絵が完成するのはずっとずっと先のこと。

いや、私が完成させることのできない、絵画。

君はどんな絵になるのだろうね。

 

育児しながら絵を描くことは、大変だ

 

赤ちゃんのそばで、絵を描く仕事は

想像していた以上に、なかなか大変でした。

 

まだじっと寝ている時期は

画材を広げて、赤ちゃんが起きるまでの間

必死に筆を走らせた。

 

少し大きくなって、自分で動けるようになると

なんでも興味をもってくるし、絵の具を口に入れたら大変だし、

画材を広げられない。

 

どうしよう?と考えて

いままで気乗りしなかったipadを使った

デジタルお絵描きを習得しはじめました。

 

それは、現在の仕事のスタイルに

とても役に立っています。

 

絵を描くというのは

なんだかスポーツに似ていて

描かない時間が長いほど、

自分の感覚を取り戻すのに時間がかかってしまう。

 

だから、デジタルでもアナログでも関係なく

毎日筆を取りたい。

 

どんなに大変でも

私が絵を描くことを手放さない理由

 

なにより、私自身がどんな絵を描くのか楽しみというのもあるし

私の【真ん中】にあるものを「絵を描くこと」にしておきたい。

 

なぜなら、この真ん中に据えるものを

例えば、家族とか、子供、にしてしまうと、

関係性が変わったときに、きっと絶望してしまうし、

真ん中にされた人間は身動きが取れなくてなってしまう。

 

母が、そうでした。

 

すると、良いことはもちろん、悪いことも全部私のせいになる。

 

息ができない。

 

私の行動一つ一つの責任が重すぎる。

 

私は何のために生きているのか?

 

子供ながらに、そんなことを考え始めてしまう。

これは、子供にとっては辛いことだと思う。

 

だから私は、自分の核になるものを持っていたい。

 

誰にも邪魔されず、大切にできる領域を

私も持つ。

あなたも持つ。

それぞれが持つ。

 

うん、それが健全だと思うよ。

 

さあ、楽しくいこう。

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